第456回 < ヘッジファンド投資の変化【1】 >

ヘッジファンド投資戦略の原型は、1949年にアルフレッド・ジョーンズが提唱したロング・ショート戦略にあると言われています。当時の米国は、第二次世界大戦の特需による拡大局面が一巡し、緩やかな景気後退局面にあったタイミングでした。一方で、ニューヨーク証券取引所の上場銘柄数はむしろ増加基調にあり、1949年には約1,419銘柄、全米では2,633銘柄(SEC年次報告書)まで広がっています。ちなみに、同時期の東京証券取引所も495社696種(日本取引所グループ)と、当時としては相応の厚みを持つ市場であったことが分かります。
この頃は、今でいうアナリストやファンドマネージャーといった職業はまだ一般的ではありませんでしたが、株式市場に対する大衆の関心は確実に高まっていたと考えられます。ウォーレン・バフェットの師として知られるベンジャミン・グレアムが『賢明なる投資家』を出版したのも1949年です。企業価値と株価の関係を理論的に説明したこの書籍と、ジョーンズがロング・ショートという運用手法を取り入れたタイミングが重なっているのは、やはり象徴的だと言えるでしょう。
ファンダメンタル分析はその後も進化を続け、現在に至るまでヘッジファンドの根幹をなしています。ただ、株式以外の市場を舞台にした戦略が台頭するのは、もう少し後のことです。金利や為替といったマクロの動きを読み、それを投資に組み込む手法が広がるのは1970年代以降であり、その代表格がジョージ・ソロスです。1930年生まれのソロスは、証券会社等でのキャリアを経て、1970年にクォンタム・ファンドを立ち上げました。
「クォンタム」という名称は、量子力学の不確定性原理に着想を得たものと言われています。観測する行為そのものが対象に影響を与えてしまう――この考え方を、市場における投資行動と価格形成の関係に重ねたわけです。さらにソロス自身は、市場参加者の認識と現実が相互に作用する「再帰性理論」を提唱していますが、このあたりの発想も含めて、なかなか含蓄の深いネーミングだと思います。
記録によれば、ソロスは1973年からの10年間で約4,200%という驚異的なリターンを上げており、理論にもとづく運用の有効性を強く印象づけました。もっとも、それがどこまで再現可能かという点については、時代背景などの要因が作用することもあり、別の議論が必要かもしれません。1992年には、欧州為替相場メカニズム(ERM)の下で過大評価されていた英ポンドに着目し、大規模なポンド売りを実行します。結果として英国は防戦しきれず、ERMからの離脱を余儀なくされました。このことは、その後の英国のユーロ不参加の遠因のひとつともなっています。
興味深いのは、その結果が必ずしも英国経済にとってマイナスではなかった点です。通貨の柔軟性を取り戻したことで競争力が回復し、1993年以降は失業率や成長率といった指標も改善しました。このため、英国国内でのソロス評価は単純な「投機家」という枠には収まらないものがあります。
1990年代に入ると、こうした成功に触発される形でマクロ戦略の運用者が数多く登場します。90年代後半には、ヘッジファンドは米国・欧州にとどまらず、日本を含む各国市場を横断的に分析・投資する存在へと広がり、株式、為替、金利といった主要市場でのプレゼンスを強めていきました。加えて、デリバティブや転換社債、劣後債、さらには住宅ローン担保証券など、取引対象も急速に多様化していきます。
これらの中には、流動性や参加者が限られるがゆえに、理論価格と実勢価格の乖離が生じやすいものも多く含まれていました。裁定取引の観点からは非常に魅力的な市場であり、実際、多くのヘッジファンドが短期間に高いリターンを上げています。その象徴的な存在がLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)です。
LTCMは1994年、著名トレーダーやノーベル賞経済学者、FRB元副議長など、いわば「出来過ぎた」メンバーで設立されました。空売り、レバレッジ、私募、成功報酬といったヘッジファンドの典型的な特徴を備えつつ、その規模は当時としては異例でした。約10億ドルで運用を開始し、2年目以降には年率50%を超えるリターンを叩き出した年もあるなど、設立後3年間で累計約3倍超の成果を達成します。その後も資金流入が続き、ピーク時には約47億ドルまで拡大しました。
運用手法は多岐にわたりますが、核となっていたのは金利(債券)に関する裁定戦略です。理論と実務が高度な次元で結びついた、ある意味で当時の金融技術の到達点だったのかもしれません。この後のLTCMの破綻、ファンドを取り巻く環境の変化は非常にスリリングでした。
私自身、銀行勤務時代の1990年代からヘッジファンド投資に関わり、その後も運用会社で実務や経営に携わってきました。まさにこうした隆盛の時代を現場で見てきた一方で、LTCMをはじめとする各ファンドが試練を迎えていくプロセスも身近に経験しています。そのあたりも含めて、次回のコラムで続けて触れてみたいと思いますので、お楽しみにしてください。

