第457回 < ヘッジファンド投資の変化【2】>

1990年代後半、私は銀行の投資部門に在籍し、海外のヘッジファンドへの投資を担当していました。その頃、米国におけるヘッジファンドは、一部の富裕層やファミリーオフィスの投資対象から、年金基金、大学基金、金融機関を含む大手機関投資家のアセットアロケーションの対象へと変化していました。特に、安全運用を好む機関投資家にとって、格付けの高い債券や金利を投資対象とするヘッジファンド運用は非常に人気がありました。
金利裁定取引は、投資銀行が同戦略の中心的な担い手だった1990年代前半、利鞘は薄いものの安全性の高い取引が主体でした。しかし、参加者の増加によって利鞘が次第に縮小していったことから、一部の市場参加者は、理論価格の算出は容易であるものの、流動性の低さゆえに価格が大きく乖離しやすいエマージング国債やクレジットリスクを伴う債券のアービトラージ取引に手を広げていきました。例えば、利回りの高いロシアの短期国債を買い持ちにする一方、格付けが高く流動性もある米国など先進諸国の国債を空売りしてヘッジする取引は、収益率の高い戦略として人気を集めました。当時、LTCMはそのドリームチームとしての信用力を背景に、新設ファンドでありながら数多くの投資銀行との取引を通じて25倍ともいわれるレバレッジをかけ、1290億米ドル(約20兆円)もの規模でエマージング各国の債券を買い、米国債を売るといった取引を行っていました。
当時のエマージング市場の一つにロシアがありました。1991年12月のソビエト連邦崩壊以降、深刻な財政赤字とインフレに苦しんでいたロシアは、ボリス・エリツィン大統領のもと、市場経済への移行、金融引締め、緊縮財政によって経済の立て直しを図りました。しかし、あたかも借入れを重ねる多重債務者のような自転車操業に陥っていたロシア政府の資金繰りはついに限界に達し、1998年8月、自国通貨ルーブルの大幅切下げと短期国債の債務繰延べを宣告し、事実上デフォルトに陥ったのです。
ロシア国債を買い持ちし、米国債やドイツ国債を空売りするといった債券アービトラージ取引を行っていたファンドは、それまでの好調な収益を吹き飛ばすほどの大幅な損失を計上しました。しかもこの影響は、ロシア短期国債関連の取引にとどまらず、エマージング市場の債券や低格付けで流動性の低い債券全般の大幅下落へと波及すると同時に、空売りされていた米国債の大幅な買戻し、すなわち安全資産への回帰をも引き起こしたのです。ちなみに当時、LTCMの金融工学専門家は、ロシア債券がデフォルトする確率は100万年に3回程度の事象であり無視できるほど低く、いずれ市場は正常化するとの見解のもと、大きなポジションを保有していました。
大手投資銀行からの多額の借入れによって巨大なレバレッジをかけていたLTCMは、1998年8月31日までにアービトラージ戦略を中心として45%という大幅な損失を計上しました。同年9月末、金融市場の長期的な混乱を避けようとしたFRBの仲介のもと、大手銀行14行がLTCMのポートフォリオを買い取ることとなり、市場はいったん落ち着きを取り戻しました。しかしLTCMはレバレッジの逆回転を止めることができず、損失総額は46億米ドル(当時の約5000億円)に達し、破綻に至りました。
当時、ヘッジファンド投資を始めていた日本の投資家の中で、実際にLTCMへ投資していた例はごくわずかでした。しかし、欧米を中心にLTCMと類似した投資戦略を採るヘッジファンドは数多く存在し、日本の投資家もその影響を免れませんでした。加えて、日本の国債、社債、転換社債、株式を投資対象とするヘッジファンドも少なくなかったことから、1990年代後半は金融市場にとって大きな変動を経験した時期となったのです。この間、市場の激しい変動とヘッジファンド投資による損失を被った投資家がいた一方で、皮肉にもLTCMがメディアに取り上げられたことでヘッジファンドという概念がより広く伝わり、新たな投資家層を取り込む結果、ヘッジファンドへの投資残高はかえって拡大していくことになりました。
その後、1990年代後半の金融危機を乗り越えた投資家は、続いてITバブルの時代を経験します。株式市場が活況を呈する中、急成長するIT関連の中小型株式を買い持ちし、流動性の高い大型株式でヘッジを行うヘッジファンドが登場し、高いリターンを計上したことで人気を博しました。しかし、その後訪れたITバブル崩壊とそれに伴う中小型株式の下落により、当該戦略に投資していた投資家もまた大きな損失を経験することになります。LTCMに代表される金利裁定取引にせよ、特定の株式ロングショート戦略にせよ、投資戦略のブームの最終局面で参加した投資家が手痛い損失を被るケースは少なくありません。これは、過去一定期間の高いリターンに引かれるあまり、投資家がそれぞれの戦略の収益の源泉、すなわち本質的なリスクを見極めないまま投資を行った結果ともいえるでしょう。
市場のサイクルに左右されることなく、絶対的な収益を上げ続けることのできる理想のヘッジファンドは、果たして存在するのでしょうか。2000年に入り、多くの投資家がその答えを模索し始めることになります。
次回は「ヘッジファンド投資の変化」の最終回となります。よろしくお願いいたします。

